お侍様 小劇場 extra

    “毛糸玉、ころころvv” 〜寵猫抄より
 

一応は籐の籠へと収められているのだが、
編み物が進んでの、ついと引っ張ったりした弾み、
縁からコロンと飛び出して、
そのまま陽だまりの中をころころころと、
軽やかに駆けてくことのある毛糸玉。
その様子が、まるで生き物のように見えるからだろか、

 「…♪」

にゃにゃっと、
お顔とのバランスからすると、
少ぉし大きめのお耳をひくりと震わせて。
潤みの強い赤い眸を、じぃと据えたかと思うや否や、
すぐ傍らに寄っかかり、
その手元を覗いてた七郎次の傍ら、ソファーの上から、
ぴょこたんと跳ね降りた小さな仔猫。
待て待て待ってと、自分ほどもあろうかという毛糸玉を追いかけにかかる。

 「あらまあ。」

手仕事のほうを止めたくなくての不精な真似で、
ついつい糸を引いて引き戻せないかとしてしまうのだが。
よほどに手慣れてない限り、
ますますのことあっちへ行く加速を与えるだけの所作であり。
フローリングの上、
ついついっと引かれて張った糸の動きへも関心が逸れかかったものの、

 「みゃみゃっvv」

やはりもっと気になるのが、桃色の毛糸玉 本体の方。
たかたったかと リズミカルにも、
小さな前脚繰り出し、後脚跳ね上げて追っかける仔猫の姿が、だが、
見送った七郎次には、
相も変わらず 小さな坊やの後ろ姿にしか見えなくて。
その頭を覆う金色の綿毛の輪郭を、
窓から差す陽に照らされてのけぶらせて、
白とも生なりとも見えるフリースの、
スムースジャージのようなシンプルな上下をまとった身の、
何とも小さく可憐なことか。
重心の高い幼子が、とこてこと足踏みのような危なっかしい足取りで、
先をゆく毛糸玉を追う様は、
ああ、大丈夫かなぁ、転ばないかなぁと、
ついついこっちも腰を上げたくなるそれだけど。

 「みゃvv」

追いついたの、捕まえたの、見て見てと。
ぴょいと屈んで足元の獲物、
ちゃんと捕まえられたのはなかなかの進歩だったから。
それを手にし、振り返った坊やへは、

 「凄いねぇ♪」

愛らしい笑顔へ向けて、こちらも満面の笑みを送るおっ母様。
だって少し前だと 到底追いつけなかったのにね。
正確には、
追いつけても屈む動作が緩慢だったから、
よいちょと手を下ろした頃には相手はもっと先に逃げており、
あれれぇ? なんで?どして?と、小首を傾げてばかりいて。
そんな様子を見せるのが、それもまた可愛らしくはあったけど。
ちかまえられないの、どして?と、
悔しそうに頬ふくらませる やんちゃな坊やだったのが、
ああまでにっこりと誇らしげなお顔になるのは、
もっとの格別に嬉しいこと。

 「さぁて、それをどうするのかなぁ?」
 「なぁんvv」

お胸の前で両手がかえにした毛糸玉。
ふくふくしたお手々は余りに小さく、
油断しているとすぐにもそこから取りこぼし、
あっと言う間に逃がしてしまいそうであり。

 “こないだは それで…♪”

ああ、待て待てとまたまた鬼ごっこが始まってしまい、
しかも、追いつきかかった自分の爪先で、
ちょんと蹴ってしまったりもするものだから、
そんなこんなで長々とほどけてしまった毛糸に、
いつの間にやら手足ごと、すっかり搦め捕られてしまってたっけ。
転んでしまっちゃあ痛い想いをするやもしれぬ。
勘兵衛に言わせれば、
そうして小さな“痛い”をたくさん覚えておかぬと、
大人になってから受ける大きな“痛い”に耐え切れぬとかどうとか、
過保護に構えるのも善し悪しと言いたげな、
七郎次へのお説教もどきを繰り出して下さったけれど。

 “理屈はそうなのでしょうけど。”

ああ、やはり私は人間が甘いのかなぁ。
苦労は買ってでもしろとか言うが、
そしてそれが自分の身の上に起きてることなら我慢も出来るが。

 「にゃっ。」
 「あっ。」

今度こそはと思ったか、捕獲した毛糸玉を捧げ持ち、
慎重に慎重に歩んで来ようとした久蔵だったものの。
そもそも何かを持って歩むということ、
仔猫の身には不向きなこと。
あっと言う間に取り落とし、
やっぱり待て待てと追う羽目となっており。
毛糸玉ばかりを見ていたからか、
それが潜り込んだローテーブルの端っこへ、
加速を緩めぬまま突っ込んで来る坊や。

 “……あ。”

本来の大きさとの、これもまたある意味での“微調整”か、
その縁とおでこの高さが七郎次には同じに見え始め。
ごんと頭をぶつけかかった久蔵だったのへ。
そこは素早く身を伸ばし、
腕もうんと伸ばしての、小さなおでこへとあてがうのが間に合って。
おでことテーブルに挟まれた、七郎次の手がクッションになり、
坊やのおでこは何とか無事だった……けれど。

 「痛たたた……。」

何も思い切り駆けてた久蔵だったワケじゃあなかったし、
七郎次の方だって、軽くながらも力を込めての坊やを引き留め、
衝撃に備えもしたから、あのね?
指が挟まれたそのまま、
潰れてしまおうほどもの惨事にはならなんだけれど。

 「みゃあっ。」

そちらさんはそちらさんで、
いきなり引き倒されかけたのでビックリした久蔵が、
そのまま引っ込められた手を眸で追って、
辛そうなお顔に気づいて…大慌てで駆け寄ってくる。

 「みゃあ、にゃあにゃん?」
 「ああ、大丈夫だよ。」

ふうふうと口許に掲げて息を吹きかけてるのはお手々。
そこが痛いの?と、
ソファーをよいちょとよじ登り、お膝もよじ登ると、
お兄さんのお顔を案じるように辛そうなお眸々で見上げる和子へ、

 「急なごつんこだったから、びっくりしただけ。」

柔らかく微笑ってやっての、ほらと手を下ろして見せてやれば、
揃えられた指の、赤くなってる中程を、みゅ〜んと見下ろし眉を下げる。
白くてきれいな七郎次お兄さんのお手々は、
ずっと前に甘咬みの癖が取れなかった頃の久蔵が咬むと、
あの勘兵衛が おやめといちいち制してたほどで。
おいしいご飯を作ったりお洗濯したり、ボタンの箱でおしもとしたり、
そりゃあ働き者のお手々だからだと、
大事にしなきゃあというの、ちゃんと教えてもらった坊やだもの。

 「みゅうみゅ?」

小さなお声は今にも掠れそうな弱いもの。
あああ、これはいかん。
もしかせずとも落ち込みかけてると気づいた七郎次おっ母様。
まだ少しほどじんじんと痺れていたその手で、
それでも膝の脇へと退けていた編み物を手にすると、

 「ほらほら、久蔵。もうちょっとで仕上がるからね?」

今度のは棒針使っての、ちょっと難しいのへと挑んでいた彼であり。
とはいえ、棒針はかぎ針と違い、
その幅の分ともう一回りほど、周辺の人を寄せられなくなるのが難点で。
複雑な編み込みなどが挟まると、その端がどう動くかは編んでる人にも予測がつかぬ。
先へとかぶせるカバーもありはするけれど、
それでも突然お顔にばしりと編み物を当てられては、
小さな坊やも驚くだろから。
広い部分を編むのは坊やが寝入ってからと限っていたそれが、
今やっと、部分部分を接いで仕上げるところまで漕ぎ着けている。
網目を詰めることよりも、ふんわりするようにと心掛け、
柔らかい仕上がりとなった身頃へと、
動き回るのへと邪魔にならぬよう、
ラッパのように袖口を広げたお袖をつなぎ。
前立ての部分には、
これも毛糸で堅く編んで作った、
ダッフルのボタンと輪っかを接
(は)ぎつけて。
下に着ているフリースは、仔猫の毛並みで脱げはしないので、
その上へ重ねるための上着をと、何とか頑張ったおっ母様であり、

 「…よしっ、と。」

毛糸の始末を終わると、
じゃじゃんと…肩のところを持っての宙へと掲げて全体を観る。
全体の基本色は白、でもでも、
前身頃と背中は、緋色と淡い紫を大きめ二面の白地との互い違い、
市松模様風に組み合わせてあって。

 『色糸が足らなんだのか?』
 『違いますよぉ。』

そういうデザインなんです。トランプの背模様みたいでしょう?
そうと言ってやるまでは、てっきり継ぎ接ぎかと思っていたらしい勘兵衛へ、
もうもうもうと苦笑したのが昨夜のお話。
やっと出来たとの感慨も深いまま、

 「アイロンかけなきゃいけないのだけれど。」

ほれ久蔵と手招きすれば、
うにゃ?と小首を傾げつつ、一旦は降りていたお膝へと再び上がって来た坊や。
その背後へと完成したばかりの上着を回し、小さな肩へと掛けてやる。

 「えと、判るかな? 腕を引っ込めて…そうそう、そこへ入れて。」

袖のあるものなんてわざわざ着た覚えがなかっただろうからと、
袖自体も太めに仕立てたそれ、よいちょよいちょと頑張っての羽織ってくれて。
ボタンを止めれば はい完成。

 「うわ〜、可愛いねぇvv」

処女作のポンチョも、勘兵衛に言わせれば悪い出来じゃあなかったけれど。
でもあれは、それまでにも羽織ってたケープの類いと変わらぬ形。
まだまだ腕も脚も寸の詰まった幼児体型だとはいえ、
肩の線や、そこからすべり下りる腕のなめらかなラインは、
何とも言えずの愛らしさだったので。
寒いからとあれこれ羽織らせるにしても、
そこを着膨れで覆い隠すのは勿体ないこと。
何より、溌剌と駆け回るには邪魔だとばかり、
やんちゃな王子様、下手すると自分で脱いでしまうことも多かりしだったので、

 「これなら、走り回る邪魔にはならないだろ?」
 「にゃんっ。」

一応は鏡に映る姿でも確認しないとと、
ひょいと抱えてのお廊下へと出れば、

 「お、出来たのか。」

そちら様は書斎から出て来たところの、勘兵衛様と出食わしたので。
にゃあにゃと手を伸ばすおチビさんを引き受けた彼なのごと、
こっちこっちとその広い背を押して促して。
玄関ホールに据えられた姿見の前までと進ませる。

 「…わあ、大したものですよね。」
 「うむ。」

そこに映るのは、
勘兵衛の精悍な風貌にはあまりに頼りない大きさの、
小さな小さな仔猫であり。
うっかりすると大きな手の陰になってしまうのを、
腕に載せたまま何とか全身が映るようにと、抱えように工夫をし。
その身に羽織らせたばかりの、新しいアイテムの具合を見れば。
ストールや何や、こちらの世界のそういったものをかぶせても、
小さな仔猫には大きすぎ。
スルリとその身から落っこちるのが関の山だったものが。
先程完成したばかり、カンナ村からいただいた毛糸製の愛らしいニットの上着、
鏡の中では仔猫の体躯に見合った寸法へと縮んでおり。
キャラメル色の毛並みには微妙な配色のそれとなっているものの、

 「うん。お庭で駆け回るときなんかは、気をつけて見守ってやらないとですね。」

慣れるまでは袖なり襟元なりを、あちこちで引っかけてしまうやもしれぬ。
傷んでしまうのは構わぬが、それが元で怪我をするのが心配だからと、
やっぱり母親としての想いが先立つらしい七郎次の感慨へ、
やれやれとの苦笑を何とか押し隠した御主としましては。

 「久蔵ほどに可愛げのあるモデルではないが。」
 「…はい?」

手が空いたら、そう、新しい形に挑戦する実験にでも、
大人用のを編んではくれぬかの?…なんて。
おニュウがお似合いの坊やに触発でもされたのか。
それともそれとも、恋女房のお手製なんていう、これ以上はないプレミア、
自分も恩恵に預かりたくなったのか。
こういうときの押しは結構強いところが、
さすがは一人っ子だった御主であり。

 「あ…えと、あの。……そんなに上手には編めませんよ?」

これだって、ほら、あちこち目が不揃いですしと。
さっきまでの満足感はどこへやら、
細おもてのお顔を真っ赤にし、
勘兵衛が抱えたまんまの久蔵をあちこち見回しつつ、
あたふたしたり ボロならぬ穴を探したりし始めるおっ母様。
はてさて、どっちが可愛らしいんでしょうねぇ? 大人のくせにvv






   〜Fine〜  09.12.13.


  *あああ、何か〆めが急ぎ過ぎですかね。後で、修正入るかもです。
   とりあえず、
   七郎次さんの冬のコレクション、
   まずはニットブルゾンの巻でございまし。
   次は勘兵衛様の…いきなりセーターとかは無理だろうから、
   ネック・ウォーマーというところでしょうか?
   緩いめのとっくりセーターの襟だけみたいなもんですが、
   形から腹巻きと間違えないようにね、勘兵衛様。
(笑)

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